サバンナ高橋

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サバンナ高橋茂雄のwiki経歴・学歴|いじめ経験から立命館エリート芸人へ!

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サバンナ高橋茂雄さんといえば、トーク力が高く“太鼓持ち芸人”として人気を集める存在です。最近では『ザワつく!金曜日』などでMCとしても活躍していますが、実は立命館中学から立命館大学へ進学した高学歴芸人だったのをご存じでしょうか。

さらに、小学校時代のいじめ経験や「リュックびちゃ男」と呼ばれた学生時代、大学時代のコンビ結成、犬井ヒロシでの大ブレイクなど、現在の姿からは想像できない意外な過去もありました。

この記事では、サバンナ高橋茂雄さんの経歴や学歴を時系列でわかりやすく紹介します。芸人として成功した理由はもちろん、実家が歯科医一家だった話や、若い頃のリアルな素顔、2026年の中山功太騒動まで詳しくまとめました。

 

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サバンナ高橋茂雄のwikiプロフィール|“太鼓持ち芸人”として愛される理由とは?

 

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サバンナ高橋茂雄さんといえば、場の空気をふわっと和ませるトーク力が印象的です。
テレビで見かけると、つい安心してしまう人も多いのではないでしょうか。
鋭いツッコミを入れながらも、相手を立てる絶妙な距離感があります。

実は高橋さん、「太鼓持ち芸人」と呼ばれる独特の立ち位置で人気を集めています。
相手を立てながら場を回すトーク力が高く、先輩芸人や出演者から信頼される存在になりました。
最近ではMCやコメンテーター、将棋番組の司会まで担当しており、活動の幅もかなり広がっています。

名前 高橋茂雄(たかはし しげお)
生年月日 1976年1月28日
出身地 京都府京都市下京区
身長 176cm
血液型 A型
所属 吉本興業
コンビ名 サバンナ
相方 八木真澄
最終学歴 立命館大学産業社会学部
配偶者 清水みさと(2022年結婚)

高橋さんは京都の歯科医一家で育ちました。
祖父、父、兄まで歯科医師という環境だったため、幼少期から比較的裕福な家庭だったと言われています。
一方で、小学校時代にはいじめを経験しており、その出来事が後の人生を大きく変えました。

また、『アメトーーク!』では「中学の時イケてないグループに属していた芸人」や「運動神経悪い芸人」など、自身の弱さを笑いに変える企画を提案しています。
見栄を張らず、自虐を交えて話せる部分も高橋さんが長く支持される理由でしょう。

 

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サバンナ高橋茂雄の経歴|売れっ子芸人になるまでの道のり

 

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今では全国区の人気芸人となった高橋茂雄さんですが、最初から順風満帆だったわけではありません。
大学時代はまだ「お笑いで食べていく」という強い覚悟がなく、仲間内でワイワイ楽しむ感覚だったそうです。
そこから徐々に実力を認められ、テレビ業界に欠かせない存在になっていきました。

ここからは、サバンナ結成から現在までの歩みを時系列で整理していきます。
ブレイクのきっかけや転機になった出来事を追っていくと、高橋さんの“愛され力”がどこで育ったのか見えてきます。

 

大学時代に「サバンナ」結成|最初は遊び感覚だった

サバンナが結成されたのは1994年です。
当時、立命館大学に通っていた高橋茂雄さんは、高校の柔道部で1学年先輩だった八木真澄さんとコンビを組みました

きっかけはかなりラフでした。
八木さんがお笑いに興味を持ち、「芸人になったらモテる」と高橋さんを誘ったそうです。
さらに友人を交えた“グッとパー”でメンバーを決めたというエピソードまで残っています。

高橋さん本人も当時を振り返り、

「僕の友達2人と僕と八木さんの4人で“グッとパー”して、こうなった」

引用元:スポニチ

と語っていました。

最初は本格的なプロ志向ではなく、公園や路上でライブをしていたそうです。
ところが、じわじわと観客が集まり、気づけば100人近いギャラリーになる日もありました。
大学生の遊び感覚から始まったコンビが、少しずつ本気の活動へ変わっていった瞬間だったのでしょう。

 

千原ジュニアに才能を認められ吉本入り

高橋さんにとって大きな転機になったのが、大学の学園祭でした。
イベントに出演した際、ゲストとして来ていた千原ジュニアさんにネタを見てもらう機会があったそうです。

その時、千原さんから

「お前ら吉本入らへんの?絶対いけるのに」

引用元:スポニチアネックス

と声をかけられました。

まだ“趣味のお笑い”という感覚だった高橋さんたちにとって、プロからの評価はかなり大きかったようです。
ここで初めて、「本当に芸人になれるかもしれない」と感じたといいます。

ちなみに、2人はNSC出身ではありません。
知人から吉本興業のオーディション情報を聞き、直接受験して合格しています。
当時は高学歴芸人が珍しかったため、芸人仲間の間でもかなり話題になったそうです。

 

「ABCお笑い新人グランプリ」優秀新人賞でブレイク

サバンナが一気に注目されたのは、1997年の「ABCお笑い新人グランプリ」でした。
この大会で優秀新人賞を受賞しています。

最優秀新人賞はハリガネロックでしたが、サバンナの名前も関西お笑い界で急速に知られるようになりました。
大学生コンビながら完成度の高いネタを披露していたため、業界関係者からの評価も高かったそうです。

ただ、仕事が増える一方で大学との両立はかなり大変だったようです。
ライブやテレビ出演が重なり、学生生活を楽しむ余裕はあまりなかったと語っています。

それでも高橋さんは、当時から場の空気を読む能力に優れていました。
先輩芸人への立ち回りも上手く、自然と可愛がられる存在になっていったそうです。

 

『エンタの神様』犬井ヒロシで全国区の人気芸人に

サバンナ高橋茂雄さんの名前が全国に広がったきっかけのひとつが、『エンタの神様』でした。
特にインパクトが大きかったのが、「犬井ヒロシ」というキャラクターです。

白いTシャツに赤いバンダナ、サングラス姿でギターを抱え、「○○ is freedom」「自由だ〜!」と叫ぶスタイルは強烈でした。
2006年頃から人気が爆発し、番組ではトリを任される存在になります。

もともと犬井ヒロシは、サバンナのコント内に登場するキャラクターでした。
ところが、独特の世界観がウケて単独キャラとして独立します。
高橋さん本人とは「ただの知り合い」という設定もシュールで、多くの視聴者を笑わせました。

当時の『エンタの神様』は視聴率20%近い人気番組です。
その番組で毎週のように出演していたため、一気に知名度が上昇しました。

さらに、R-1ぐらんぷり2006では犬井ヒロシのネタ1本で準決勝まで進出しています。
コンビだけでなく、ピン芸人としての実力も高く評価されるようになりました。

高橋さんは“器用な芸人”と言われる場面が多いですが、実際にはかなり研究熱心です。
歌ネタ、空気づくり、相手のイジり方まで細かく計算していたからこそ、長く愛されるキャラクターになったのでしょう。

 

『アメトーーク!』でトーク力が高く評価された

『エンタの神様』で知名度を上げた後、高橋さんはトーク番組でも存在感を発揮し始めます。
特に評価が高かったのが『アメトーーク!』でした。

実は、「中学の時イケてないグループに属していた芸人」をプレゼンしたのは高橋さん本人です。
学生時代の黒歴史をさらけ出す企画でしたが、共感する視聴者が続出しました。

さらに、「運動神経悪い芸人」の発案者としても知られています。
自分の弱点を笑いに変えるセンスが抜群でした。

高橋さん自身、柔道部時代は3年間で1人も投げられなかったそうです。
縄跳びや球技も苦手で、“運動音痴”を隠さず話していました。
普通ならコンプレックスになりそうな部分を、笑いへ変換したわけです。

テレビ朝日の演出家・加地倫三さんは、高橋さんについて

「トーク術とちょっと馬鹿にしたような口調」

引用元:オリコンニュース

と評価していました。

相手を傷つけず、場を盛り上げるトークは今でも高橋さんの武器になっています。
ガツガツ前へ出るタイプではないのに、気づけば番組の中心にいる。
そんな独特のポジションを築いた芸人でした。

 

MC・コメンテーターとしても成功|『ザワつく!金曜日』でも活躍

近年の高橋茂雄さんは、“ひな壇芸人”の枠を超えた活躍を見せています。
特に目立つのが、MCや情報番組での安定感です。

『ザワつく!金曜日』では、高嶋ちさ子さん、石原良純さん、長嶋一茂さんという個性の強い出演者をうまくまとめています。
強く仕切りすぎず、それぞれの会話を自然につなげる技術が高く評価されています。

ほかにも出演番組はかなり多く、

  • 『DayDay.』木曜レギュラー
  • 『将棋フォーカス』MC
  • 『世界!ニッポン行きたい人応援団』
  • 『沸騰ワード10』
  • 『みいつけた!』声優

など幅広いジャンルに出演しています。

ここまで仕事が広がった理由は、“空気を読む力”でしょう。
場の流れを止めず、出演者を立てながら話を回せるため、制作側からの信頼も厚いようです。

さらに、子ども向け番組『みいつけた!』ではコッシー役など複数キャラクターの声も担当しています。
毒舌トークだけでなく、柔らかい声の演技までできるのは意外だった人も多いかもしれません。

 

将棋・サウナ・ドラえもん愛でも話題|趣味仕事が増加

高橋さんは“趣味を仕事につなげる達人”としても知られています。
中でも有名なのが、サウナ、将棋、ドラえもんです。

まずサウナ好きは業界でも有名で、東京と大阪それぞれに行きつけの銭湯があるそうです。
専用ロッカーまで借りているほどの熱量で、サウナ番組『サバンナ高橋の、サウナの神さま』ではMCも務めています。

また、2020年頃からは将棋にハマりました。
いわゆる“観る将”として棋士の対局を研究するほどで、『将棋フォーカス』MCにも抜擢されています。

2022年には『すごすぎる将棋の世界』という書籍まで出版しました。
趣味の延長とは思えないレベルです。

そして、昔から有名なのがドラえもん愛でしょう。
高橋さんは「ドラえもん賢者」を自称しており、2014年の『ドラえもん知識王No.1決定戦SP』で優勝しています。

その縁から映画ドラえもんシリーズで声優出演も果たしました。
さらに『みいつけた!』起用のきっかけが犬井ヒロシだったとも言われています。

 

清水みさととの結婚生活|“サウナ婚”として注目を集めた

2022年12月19日、高橋茂雄さんはタレント・女優の清水みさとさんとの結婚を発表しました。
年齢差は16歳ありますが、共通の趣味だった“サウナ”を通じて距離が縮まったそうです。

結婚報告では、

「初めて出会ったのは、2人の共通の趣味のサウナでした。」

引用元:スポーツ報知

とコメントしています。

サウナ好き同士として知られる2人だったため、SNSでは「理想のサウナカップル」と話題になりました。
清水さんも以前からサウナ愛を公言しており、イベントやメディア出演も多かった人物です。

高橋さんは結婚後も、夫婦でサウナ施設へ通う様子をたびたび語っています。
肩肘を張らない自然体の夫婦像に、好感を持つファンも多いようです。

また、高橋さんは結婚後も大きく芸風を変えていません。
既婚者になっても“いじられキャラ”を崩さず、バラエティ番組では変わらない空気感を見せています。

芸人の場合、結婚を機にキャラが変わるケースもあります。
しかし高橋さんは、あくまで自然体でした。
そのバランス感覚も、長く支持される理由なのかもしれません。

 

中山功太との騒動とは?謝罪までの流れを整理

2026年5月、お笑い界で大きな話題になったのが、中山功太さんによる“いじめ告白”騒動でした。
発端はABEMA番組『ナオキマンの都市伝説ワイドショー』です。

中山さんは番組内で、

「10年間ぐらいずっといじめられた先輩がいる」

引用元:オリコンニュース

と発言しました。

実名は出していませんでしたが、ネット上では憶測が拡散され、サバンナ高橋さんの名前が浮上します。
SNSでは“犯人探し”のような状態になり、一気に騒動が広がりました。

その後、中山さんはXで、

「僕は誰か言わないです。理由は、当人に迷惑が掛かるからです。」

引用元:オリコンニュース

と投稿しています。

一方、高橋さんの相方・八木真澄さんも声明を発表しました。

「今回のことで、世間の皆様や後輩たち、多くの方々にご心配や不快な思いをおかけして申し訳ありません。」

引用元:オリコンニュース

その後、高橋さん本人もXを更新しています。

「当時の大阪で共演してた番組の収録で、言い方やカラミが嫌な思いをさせていたこと謝りました。」

引用元:オリコンニュース

高橋さんは中山さんと直接電話で話し、謝罪したと説明しました。
さらに、中山さん側も謝罪を受け入れた内容を投稿しています。

SNS時代らしい騒動でしたが、最終的には当事者同士で対話が行われました。
ただ、芸人同士の“イジり文化”について改めて考えさせられる出来事だったとも言われています。

 

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サバンナ高橋茂雄の学歴|立命館エリートコースだった学生時代

 

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サバンナ高橋茂雄さんは、“お笑い芸人”という肩書きからは少し意外に感じるほど、しっかりした学歴を持っています。
中学から大学まで立命館系列へ進学しており、いわゆるエリートコースを歩んできました。

ただ、高橋さんの学生時代はキラキラした成功談ばかりではありません。
小学校時代のいじめ、学校での居場所探し、運動が苦手だった悩みなど、人には言いにくい経験も多かったそうです。
だからこそ、現在の“自虐を笑いに変える芸風”につながったのかもしれません。

学歴 学校名 偏差値
小学校 京都市立七条第三小学校 なし
中学校 立命館中学校 61前後
高校 立命館高校 68
大学 立命館大学 産業社会学部 55前後

 

出身小学校は京都市立七条第三小学校|いじめ経験が猛勉強の原点だった

京都市立七条第三小学校

高橋茂雄さんの出身小学校は、京都府京都市下京区にある京都市立七条第三小学校です。
地元の公立小学校へ通っていました。

家族構成は、両親・兄・妹の5人家族です。
兄は1歳年上、妹は3歳年下でした。
実家は歯科医院を経営しており、比較的裕福な家庭だったと言われています。

小学生の頃は少年野球チームに所属していました。
ただ、試合に出ていないにもかかわらず、レモンの蜂蜜漬けを大量に食べていた場面をチームメイトに見られ、

「お前、試合に出てないくせに何で食ってんねん」

引用元:テレビ朝日『アメトーーク!』

と言われたそうです。
高橋さんはかなり傷つき、最終的に野球を辞めています

また、公文式、ピアノ、水泳、書道など習い事も多かったそうですが、どれも長続きしませんでした。
いまの“器用そうに見えて実は不器用”というキャラクターは、子ども時代から変わらなかったようです。

さらに大きかったのが、小学高学年で受けたいじめでした。
転校生から強くからかわれるようになり、「このまま地元中学へ進学したらまたいじめられる」と感じたそうです。

そこで高橋さんは、立命館中学校を受験する決意をします。
本人いわく、「普通の小学生では考えられないほどの集中力」で勉強に打ち込んだそうです。
苦しい経験が、人生を変える原動力になった瞬間でした。

 

出身中学校は立命館中学校|偏差値61の難関校に合格

立命館中学校・高等学校

高橋さんが進学したのは、私立の立命館中学校です。
偏差値は61前後とされ、京都でもレベルの高い学校として知られています。

小学校時代の猛勉強が実を結び、一般受験で合格しました。
当時の高橋さんにとって、“環境を変えるための受験”だったのでしょう。

ただ、中学生活が急に華やかになったわけではありません。
勉強もスポーツも特別得意ではなく、女子ともほとんど話せなかったそうです。
本人も「全然モテなかった」と語っています。

また、この頃のあだ名はかなりインパクトがあります。
それが「リュックびちゃ男」です。

遠足の日、腹痛を心配した母親が弁当におかゆを入れてくれました。
ところが、昼食時にリュックから取り出すと、おかゆが漏れて中がびしょ濡れになっていたそうです。
そこから、このあだ名が定着しました。

なんとも切ないエピソードですが、高橋さんは後年、自分から笑い話として披露しています。
コンプレックスをネタへ変える力は、この頃から少しずつ育っていたのかもしれません。

ちなみに、相方の八木真澄さんは立命館中学・高校の先輩でした。
当時はまだコンビを組む前ですが、後の人生につながる出会いだったのは間違いありません。

 

出身高校は立命館高校|柔道部で八木真澄と出会い芸風の土台ができた

中学卒業後は、そのまま立命館高校へ内部進学しています。
偏差値は68ほどあり、京都でもトップクラスの進学校として有名でした。

立命館高校は自由な校風でも知られています。
制服がなく、生徒の自主性を重視する学校でした。

高橋さんは高校時代、柔道部へ入部しています。
ここで改めて八木真澄さんと深く関わるようになりました。

八木さんは柔道部の部長でしたが、高橋さんはかなり弱かったそうです。
本人も、「帯も真っ白のまま、3年間で1人も投げることなく終わった」と振り返っています。

ただ、高橋さんは“強い人の近くにいるポジション”をうまく確保していました。
部長だった八木さんへ積極的に取り入り、「しごかれない位置」をキープしていたそうです。

この経験が、後に“太鼓持ち芸人”と呼ばれるスタイルにつながったとも言われています。
相手を立てつつ、自分も目立つ。
高橋さんらしい立ち回りですね。

 

出身大学は立命館大学産業社会学部|お笑いと学業を両立した大学時代

立命館大学

高校卒業後、高橋茂雄さんは立命館大学産業社会学部へ進学しました。
系列校からの内部進学です。
偏差値は55前後とされ、社会学やメディア論など幅広い分野を学べる学部でした。

大学時代は、芸人活動と学生生活を同時に進めるかなり忙しい毎日だったそうです。
カフェや囲碁サロンでアルバイトをしながら、お笑いライブにも出演していました。

当時はまだ“売れっ子芸人”ではありません。
それでも、ライブの本数は徐々に増えていきました。
大学生らしく遊ぶ時間はほとんどなかったそうです。

また、大学では高校時代の先輩だった八木真澄さんと本格的にコンビ活動をスタートしています。
周囲には「芸人になるなんてもったいない」と驚かれた場面もあったようです。

実際、立命館大学出身のお笑い芸人は当時かなり珍しい存在でした。
千原ジュニアさんやケンドーコバヤシさんも、後年「サバンナは高学歴芸人として衝撃だった」と語っています。

一方で、高橋さん本人はガリ勉タイプではありませんでした。
勉強だけに打ち込むより、人との距離感や空気づくりに長けていた印象があります。
大学時代に磨かれたコミュニケーション力が、現在のMC業へつながっているのでしょう。

 

単独ライブ優先で留年|それでも卒業を選んだ理由

高橋茂雄さんの大学生活で特に有名なのが、“留年エピソード”です。
大学4年生の頃、サバンナ初の単独ライブと単位認定試験の日程が重なりました。

普通なら試験を優先する人が多いかもしれません。
しかし高橋さんは、芸人としての舞台を選びます。

結果として卒業できず、留年しました。
とはいえ、そのまま大学を辞める選択はしていません。
残っていた単位をしっかり取得し、最終的には卒業しています。

このエピソードには、高橋さんらしさがよく表れています。
勢いだけで走るタイプに見えますが、途中で投げ出さない真面目さも持っていました。

また、当時はサバンナの仕事が急増していた時期です。
1997年には「ABCお笑い新人グランプリ」で優秀新人賞を受賞しており、関西での知名度も上がっていました。

ライブ、テレビ、大学、アルバイト。
かなりハードな生活だったはずです。
それでも卒業までやり切った背景には、家族の支えも大きかったのかもしれません。

現在の高橋さんを見ると、“器用に何でもこなす人”というイメージがあります。
ただ実際は、失敗や遠回りを何度も経験しながら今の立場へたどり着いた努力型の芸人でした。

 

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サバンナ高橋茂雄の実家がすごい|歯科医一家のお坊っちゃまだった

 

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サバンナ高橋さんには、“育ちが良さそう”というイメージを持つ人も多いようです。
実際、その印象は間違っていませんでした。

高橋さんの実家は京都市内で歯科医院を経営しており、親族にも歯科医師が多くいます。
芸人の世界では珍しい“医者一家出身”だったため、若手時代から話題になる場面もありました。

とはいえ、高橋さん自身はエリート感を前面に出すタイプではありません。
むしろ、自虐ネタや弱い部分を笑いへ変える芸風が目立っています。
そのギャップが、親しみやすさにつながっているのでしょう。

 

父・祖父・兄が歯科医師のエリート家庭

高橋茂雄さんの祖父、父、兄は全員歯科医師です。
実家は歯科医院を営んでおり、かなり安定した家庭環境だったと言われています。

親戚にも歯科医がいるそうで、家系全体が医療関係に強い一家でした。
そのため、高橋さん自身も将来的には歯科医の道へ進む可能性があったのでは、と言われています。

ただ、高橋さんは早い段階で芸人の道へ進みました。
親としては複雑な気持ちもあったかもしれません。

それでも、大学卒業まで支えた点を見ると、家族はかなり理解があったようです。
特に高橋さんは、人との距離感を大切にするタイプです。
家庭環境の良さが、人柄へ自然に表れている印象もあります。

また、芸人仲間からは「坊っちゃん芸人」とイジられる場面もありました。
しかし、高橋さんは嫌味っぽさがありません。
そのため、視聴者から反感を買いにくいのでしょう。

 

八木真澄も実家が歯科医院だった

実は、相方の八木真澄さんも歯科医院の家庭で育っています
つまりサバンナは、“歯科医の息子コンビ”でした。

芸人コンビで2人とも裕福な家庭出身というのは、かなり珍しいケースです。
若手時代から周囲に驚かれていたそうです。

ただ、コンビの空気感はどこか自然体でした。
ギラギラしたハングリー精神より、“育ちの良さ”がにじむ柔らかさがあります。

もちろん、だからといって苦労がなかったわけではありません。
売れない時代も経験していますし、高橋さん自身はいじめやコンプレックスにも悩んできました。

そのため、“お坊っちゃま芸人”という肩書きだけでは語れない人物です。
育ちの良さと泥臭さが混ざっているからこそ、長年テレビで愛され続けているのでしょう。

 

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サバンナ高橋茂雄の若い頃|“イケてない芸人”時代のリアルな素顔

 

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現在の高橋茂雄さんは、テレビ番組で堂々とMCを務める人気芸人です。
ところが、若い頃は“クラスの中心人物”とは真逆だったそうです。

学生時代には、女子とうまく話せなかった時期もありました。
運動も得意ではなく、自信が持てない毎日だったと語っています。

それでも、高橋さんは自分の弱さを隠しませんでした。
むしろ、コンプレックスを笑いへ変えることで、多くの人から共感される存在になっていったのです。

ここからは、そんな“イケてない時代”のリアルなエピソードを紹介します。
今の高橋さんからは想像しにくい話も多く、意外に感じる人もいるかもしれません。

 

中学時代のあだ名「リュックびちゃ男」が強烈だった

高橋茂雄さんの学生時代を語るうえで有名なのが、「リュックびちゃ男」というあだ名です。
本人もテレビ番組でたびたび話しており、“イケてない学生時代”の象徴として知られています。

遠足の日におかゆがリュックの中で漏れてしまい、その出来事からあだ名が定着したそうです。
思春期の男子にとってはかなり恥ずかしい経験だったでしょう。

ただ、高橋さんはその黒歴史を隠しませんでした。
むしろ『アメトーーク!』などで笑いへ変えています。
自分の弱さや失敗をネタにできる部分こそ、高橋さんが多くの視聴者に親しまれる理由なのかもしれません。

また、高橋さんは中学時代、自身を“イケてないグループ側”だったと明かしています。
だからこそ、見栄を張らないトークにリアリティがあるのでしょう。

 

高校時代はバンド活動や恋愛も楽しんでいた

中学時代はどちらかといえば目立たない存在だった高橋さんですが、高校へ進学すると少しずつ学生生活を楽しめるようになったそうです。

立命館高校では柔道部に所属する一方、バンド活動にも熱中していました。
当時はマッシュルームカットだったと語っており、現在のイメージとはかなり違います。

また、高校時代には彼女もいたそうで、青春らしい時間も過ごしていたようです。
芸人としてブレイク後は“非モテキャラ”で語る場面も多いですが、学生時代には意外と充実した一面もありました。

さらに、立命館高校には後輩として「くるり」の岸田繁さん、佐藤征史さんも在籍していました。
高橋さんは後年、「1学年下の岸田というギターがめっちゃ上手い奴がいる」と校内で話題になっていたと振り返っています。
文化系の空気が強い学校だったため、音楽やお笑いなど自由な雰囲気の中で感性を磨いていたのでしょう。

 

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まとめ|サバンナ高橋茂雄は学歴も経歴も異色な努力型芸人だった

サバンナ高橋茂雄さんは、立命館中学から立命館大学まで進学した高学歴芸人でした。
一方で、学生時代はいじめやコンプレックスにも悩み、“イケてない側”だった経験も持っています。

それでも、高橋さんは弱さを隠しませんでした。
むしろ、自虐を笑いへ変えながら、自分だけのポジションを作り上げています。

現在では、芸人だけでなくMC、声優、将棋番組、サウナ番組など幅広い分野で活躍中です。
派手に前へ出るタイプではないのに、気づけば番組に欠かせない存在になっている。
そんな独特の魅力があります。

今後も高橋茂雄さんは、“人を立てながら自分も輝く芸人”として、さらに活躍の場を広げていきそうです。
これからの活動にも注目していきたいですね。

 

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