都築拓紀

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【四千頭身】都築拓紀のwiki経歴・学歴|お笑い第7世代から服のデザイナーへ

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四千頭身のメンバーとして注目を集めてきた都築拓紀さん。

テレビで見せる独特なトークの裏に、どのような学生時代や下積みがあったのか、詳しい経歴と学歴が気になる人も多いでしょう。

都築さんは茨城県龍ケ崎市で育ち、高校卒業後は大学ではなく、お笑いの養成所へ進みました。

2016年に四千頭身を結成してからは、賞レースや映画へ活動を広げ、近年はファッションの仕事にも力を入れています。

この記事では、都築拓紀さんが芸人を目指した転機や出身校、四千頭身として歩んだ道のりを時系列で紹介します。

 

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都築拓紀の経歴|四千頭身結成からデザイナーとしての活躍まで

都築拓紀さんは2016年に四千頭身を結成し、同年12月には地上波テレビへ初出演しました。

その後はトリオでの活動に加え、R-1グランプリや映画にも挑戦。

2023年からはファッションブランドを手がけるなど、得意分野を生かして仕事の幅を広げています。

ここからは、結成後の歩みを順番に見ていきましょう。

時期 主な経歴
2016年 後藤拓実さん、石橋遼大さんと四千頭身を結成
2016年12月 「新しい波24」で地上波テレビに初出演
2018年 「お笑いハーベスト大賞」で決勝へ進出
2019年 「第40回ABCお笑いグランプリ」で決勝へ進出
2019年 「M-1グランプリ」で準決勝へ進出
2021年 「R-1グランプリ」で準々決勝へ進出
2021年5月 映画「くれなずめ」に出演
2023年 ファッションブランド「HIROKI TSUZUKI」を始動
2025年 古着店「開拓」のポップアップを渋谷で開催
2026年8月 書類送検の報道を受け、所属事務所が謹慎処分を発表

 

2016年|後藤拓実・石橋遼大と四千頭身を結成

都築拓紀さんの芸人としての経歴は、2016年に四千頭身を結成したところから本格的に始まります。

メンバーは都築さん、後藤拓実さん、石橋遼大さんの3人です。

3人はワタナベコメディスクール22期の同期でした。

ただし、最初から現在の組み合わせで活動していたわけではありません。

都築さんは当初、後藤さんと別の同期を含むトリオ「パイプユニッシュ」を組んでいたものの、のちに解散。

その後は石橋さんとのコンビも経験しています。

いくつかの組み合わせを経て、都築さんと後藤さんが再び組み、石橋さんが加わる形で四千頭身が誕生しました。

一度でピタッと決まったトリオではなく、試行錯誤の末に現在の3人へたどり着いたのです。

「四千頭身」という変わった名前は、養成所時代の大喜利から生まれました。

石橋さんが「ドラゴンボール」に登場する神龍の画像を後藤さんへ送ったところ、後藤さん「四千頭身」と回答。

この言葉が、そのままトリオ名に採用されたと伝えられています。

結成当初、都築さんはトリオを続けるか迷っていた時期もあったそうです。

ところが、3人で初めて出演したスクールライブで優勝し、その後も好成績が続きました。

結果を残した3人はワタナベエンターテインメントへ所属し、プロとして歩み始めます。

なお、四千頭身では後藤さんが主にツッコミとネタ作りを担当し、都築さんと石橋さんがボケを務めています。

都築さんの早口で勢いのある話し方は、後藤さんの落ち着いた口調と対照的で、トリオの大きな持ち味になりました。

 

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「新しい波24」で注目!お笑い第7世代としてブレイク

四千頭身が広く知られるきっかけになったのは、2016年12月27日に放送されたフジテレビ系「新しい波24」です。

結成した年に地上波テレビへの初出演を果たすという、異例の早さでした。

番組では、しりとりを逆向きに進める「頭取りゲーム」のネタを披露。

後藤さんの力の抜けたツッコミと、都築さん、石橋さんのボケを組み合わせた独特なテンポが注目を集めます。

インタビューでも、四千頭身は同番組への出演をきっかけに、脱力系の漫才で注目されたと紹介されています。

その後はテレビやラジオへの出演が増え、活動の場をぐんぐん広げていきました。

  • 日本テレビ系「有吉の壁」
  • テレビ朝日系「爆笑問題&霜降り明星のシンパイ賞!!」
  • FM FUJI「四千ミルク」
  • ニッポン放送「四千頭身のオールナイトニッポン0(ZERO)」
  • 北陸朝日放送「おしえて!四千頭身」

四千頭身は賞レースでも実績を重ねています。

2018年には「お笑いハーベスト大賞」、2019年には「第40回ABCお笑いグランプリ」で決勝へ進出しました。

さらに、2019年の「M-1グランプリ」では準決勝へ進み、敗者復活戦にも出場。

決勝進出には届かなかったものの、視聴者投票では和牛、ミキ、アインシュタインとともに上位4組へ残りました。

この結果からも、当時の勢いと人気の高さが分かります。

霜降り明星やEXIT、ハナコ、宮下草薙らと並び、「お笑い第7世代」の一組として名前を挙げられる機会も増えました。

厳密には世代の区分と少し異なるという見方もありますが、若くしてテレビへ進出した四千頭身は、第7世代ブームを支えたトリオとして広く知られています。

 

R-1や映画にも挑戦!ピンで広げた活動の幅

都築拓紀さんは、四千頭身として活動する一方、ピン芸や俳優業にも挑戦してきました。

トリオでの漫才とは異なる舞台に立ち、個人として経験を重ねています。

2021年には、ひとり芸の日本一を決める「R-1グランプリ」に出場しました。

R-1グランプリ2021公式サイトによると、都築さんは同年2月3日、東京・ルミネtheよしもとで行われた準々決勝へ進んでいます。

四千頭身では、後藤拓実さんや石橋遼大さんとの掛け合いを生かせます。

しかし、R-1の舞台に立つのは自分ひとりです。

普段とは違う条件で準々決勝まで勝ち進んだ点は、都築さんの個人活動を語るうえで外せません。

同年5月12日には、松居大悟監督の映画「くれなずめ」が全国公開されました。

成田凌さん、高良健吾さん、若葉竜也さん、浜野謙太さん、前田敦子さんらが出演した作品で、映画「くれなずめ」公式サイトのキャスト欄にも都築さんの名前が掲載されています。

R-1では芸人として一人で舞台に立ち、「くれなずめ」では俳優として作品に参加しました。

どちらも四千頭身の活動とは違う経験であり、都築さんが個人の可能性を広げた2021年の大きな挑戦だったといえるでしょう。

 

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ブランド「HIROKI TSUZUKI」と古着店「開拓」を展開

都築拓紀さんは、お笑いに加えてファッションの分野にも活動を広げました。

高校生の頃から服が好きで、芸人になった後も個性的な着こなしが注目されています。

2023年には、自身の名前を冠したブランド「HIROKI TSUZUKI」をスタートしました。

古着や街で見かけたファッションから発想を得ながら、都築さんが着たいと感じた服を形にしています。

2025年3月のインタビューでは、月の半分ほどをファッション関係の仕事に充てていると説明しました。

芸人として活動しながら、デザイナーの仕事にも本格的に取り組んでいたと分かります。

2025年春夏コレクションでは、2本のパンツを重ねて履いたように見えるデニムや、ゆったりしたチノパンなどを発表。

東京、大阪、福岡の3都市でポップアップを開催しました。

また、都築さんは完全予約制の古着店「開拓」も運営しています。

2025年2月28日から3月2日には、東京・渋谷区宇田川町のヴィンテージショップ「STAGE」でポップアップを開きました。

店頭には都築さんが買い付けた古着が並び、本人も接客を担当しています。

「HIROKI TSUZUKI」の新作も数量限定で販売されました。

服を着て発信するだけでなく、デザインや買い付け、接客にも関わってきた都築さん。

長く続けてきた服への興味を、ブランドと古着店という2つの仕事へつなげています。

 

書類送検を受け謹慎処分、ブランドも運営休止

2026年8月18日、都築拓紀さんが東京都迷惑防止条例違反の疑いで書類送検されたと報じられました。

報道によると、都築さんは同年6月下旬の深夜、都内のイベント会場で面識のない20代女性の下半身を、スカートの上から触った疑いが持たれています。

女性が7月に警視庁へ相談し、捜査が進められていました。

都築さんは任意の調べに対し、容疑をおおむね認め、「当時、酒を飲んでいた」と話したとされています。

所属するワタナベエンターテインメントは同日、都築さんを謹慎処分にすると発表しました。

四千頭身は当面、後藤拓実さんと石橋遼大さんの2人で活動します。

  • 都築拓紀さんを謹慎処分とする
  • 四千頭身は当面、後藤拓実さんと石橋遼大さんの2人で活動する
  • 都築さんのラジオ出演を当面見合わせる
  • 「HIROKI TSUZUKI」の運営を当面休止する

ブランドを運営するyutoriも、事態を重大かつ深刻に受け止めたとして、運営休止を決めました。

なお、書類送検は有罪判決を意味しません。

警察から検察へ事件の資料が送られ、検察が起訴するかどうかを判断する段階です。

そのため、現時点で都築さんが有罪になったと断定するのは正確ではないでしょう。

芸人活動とファッション事業の両方に影響が出ていますが、今後の処分や活動再開時期は明らかになっていません。

引き続き、所属事務所や関係各社からの正式な発表を確認する必要があります。

 

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都築拓紀の学歴|城ノ内小学校から印旛明誠高校まで

都築拓紀さんは、茨城県龍ケ崎市の小・中学校で学び、千葉県立印旛明誠高校へ進みました。

高校卒業後は大学へ進学せず、2015年4月にワタナベコメディスクールへ入所しています。

ここでは、学校ごとの出来事に焦点を当て紹介します。

学校区分 学校名・進路 主なエピソード
小学校 龍ケ崎市立城ノ内小学校 卒業後に大型テレビを寄贈し、母校で講演
中学校 龍ケ崎市立中根台中学校 野球部に所属
高校 千葉県立印旛明誠高校 野球部に所属し、片道約1時間半を自転車で通学
大学 進学していない 高校卒業後にお笑いの養成所へ進学
養成所 ワタナベコメディスクール22期 2015年4月に入所

 

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出身小学校は龍ケ崎市立城ノ内小学校|母校で講演やテレビの寄贈も

都築拓紀さんの出身小学校は、茨城県龍ケ崎市にある龍ケ崎市立城ノ内小学校です。

学校の公式ページに「本校の卒業生」と記されているため、出身校は確認できています。

小学6年生のとき、都築さんは母親から将来の進路について厳しくも現実的な言葉をかけられました。

「高校卒業するまでに、大学入学以外の道を決めてくれ」

引用元:QJWeb

母親は、勉強が好きではないなら、高校卒業までにやりたい仕事を見つけて独り立ちしてほしいと伝えたそうです。

都築さんは、この言葉をきっかけに自分の将来を考え始めました。

ただし、小学生の時点では進みたい道を決められず、高校生になるまで模索が続いたと振り返っています。

卒業後も母校との交流は続きました。

2023年には城ノ内小学校を訪れ、保護者と児童を対象に講演を行っています。

全校児童との質疑応答では、夢を追う姿勢や人との関わりから学んだ経験を伝えました。

同校の公式ページによると、都築さんは2023年6月に大型テレビも寄贈しています。

講演当日の昼休みには、児童たちと「だるまさんが転んだ」をして交流しました。

城ノ内小学校は、都築さんが将来について考え始めた場所です。

大人になってから講演や寄贈で恩返しをしている点からも、母校を大切にしている様子が伝わります。

 

出身中学校は龍ケ崎市立中根台中学校|野球部に所属

城ノ内小学校を卒業した都築拓紀さんは、同じ龍ケ崎市内にある龍ケ崎市立中根台中学校へ進んだとされています。

中学時代は野球部に所属し、グラウンドで汗を流しました。

所属事務所の公式プロフィールにも、経験したスポーツとして野球が掲載されています。

都築さんは四千頭身の中では、細身の体形や個性的なファッションが印象に残ります。

そのため、学生時代に野球へ打ち込んでいた姿を意外に感じる読者もいるでしょう。

一方で、中学校の大会成績や守備位置、レギュラーだったかどうかについては、信頼できる資料で確認できませんでした。

母親から将来を考えるように言われていた都築さんですが、中学生の時点でも進みたい道は決まっていませんでした。

まずは地元の学校で部活動に取り組みながら、自分の得意分野を探していた時期だったと分かります。

 

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出身高校は千葉県立印旛明誠高校|担任の言葉で芸人を志す

都築拓紀さんの出身高校は、千葉県印西市にある千葉県立印旛明誠高校です。

同校は普通科の単位制を採用しており、生徒が進路や興味に合わせて科目を選べます。

項目 内容
学校名 千葉県立印旛明誠高等学校
所在地 千葉県印西市草深1420番地9
課程 全日制・普通科・単位制
共学・別学 男女共学
偏差値の目安 49(2026年度版)

偏差値は「みんなの高校情報」2026年度版では49、進研ゼミの2025年度データでは40~44です。

模試や判定基準によって数字が変わるため、都築さんが受験した当時の偏差値とは異なる可能性があります。

高校でも野球部に所属していた都築さんは、茨城県龍ケ崎市から千葉県内の高校まで自転車で通っていました。

「片道1時間半かけて自転車で通学していたので、道中全てが思い出です。何年経っても軽い一人旅をしている感覚でした。河川敷でバックを枕にして寝たこともあります。青春です。」

引用元:AGESTOCK

片道約1時間半なら、往復で約3時間です。

長い通学路も、都築さんにとって高校生活を象徴する思い出になっています。

一方、校内では同級生や先生へ反発する時期があり、本人も当時の自分をひねくれた生徒だったと振り返りました。

そんな都築さんと真剣に向き合ったのが、高校2年生の担任です。

「お笑いの道はどうだ?」

引用元:QJWeb

もともと話すのが好きだった都築さんに、担任は長所を生かせる進路を勧めました。

この言葉によって、都築さんの中で芸人という仕事が具体的な目標へ変わります。

芸人を目指すと決めた後は、人との接し方も見直しました。

日本中の人を相手にする仕事なら、まずは同級生と向き合う必要があると考えたためです。

最初は苦手だった相手とも話すようになり、高校時代の友人とは卒業後も交流が続いています。

 

大学には進学せずワタナベコメディスクール22期へ

都築拓紀さんは印旛明誠高校を卒業後、大学へ進学せず、2015年4月にワタナベコメディスクールへ入りました。

養成所を決めるまでに複数の学校を回ったわけではありません。

ワタナベコメディスクールを見学した際、そのまま面接を受ける流れになり、合格したと本人が明かしています。

「迷いはなかったですね。今の事務所の養成所を選んだのは、1回見学しに行ったら『面接してってもいいよ』って言われて、そのまま合格しちゃっただけです(笑)」

引用元:お笑いナタリー

22期には後藤拓実さん、石橋遼大さん、丸山礼さん、森山あすかさんらも在籍していました。

都築さんは大学で幅広く学ぶ道ではなく、芸人に必要な舞台経験を積める環境を選んだのです。

 

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都築拓紀のwikiプロフィール|出身地・年齢・身長・趣味を紹介

都築拓紀さんは1997年3月20日生まれ、茨城県龍ケ崎市出身です。

ここでは、学校や芸能活動の詳しい説明を繰り返さず、所属事務所が公表している基本情報を中心にまとめます。

項目 内容
名前 都築拓紀(つづき・ひろき)
生年月日 1997年3月20日
出身地 茨城県龍ケ崎市
身長 176cm
血液型 O型
職業 お笑い芸人、ファッションデザイナー
所属トリオ 四千頭身
所属事務所 ワタナベエンターテインメント
担当 主にボケ
経験したスポーツ 野球、バスケットボール
趣味・特技 漫画、アニメ、ゲーム、ファッション
出身養成所 ワタナベコメディスクール

好きな作品として、「ポケモン」「名探偵コナン」「ドラえもん」「鋼の錬金術師」「NARUTO」「テニスの王子様」「ダイヤのA」などが掲載されています。

ゲームでは「遊戯王」「大乱闘スマッシュブラザーズ」「無双」シリーズを好んでおり、漫画やアニメにも詳しいようです。

趣味の種類が多く、自分が好きな分野を深く楽しむタイプだと分かります。

 

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まとめ|都築拓紀の経歴・学歴と芸人を目指した転機

都築拓紀さんは茨城県龍ケ崎市で育ち、千葉県立印旛明誠高校を卒業後、大学へ進まずお笑いの養成所へ入りました。

高校2年生の担任から長所を認められた経験が、芸人を目指す大きな転機になっています。

四千頭身として注目を集めた後も、R-1グランプリや映画、ファッションの仕事へ挑戦してきました。2

026年8月現在は謹慎中ですが、今後については正式な発表を待つ必要があります。

学生時代から重ねてきた経験をどう受け止め、信頼を取り戻していくのか。

都築さんが自分の行動と向き合ったうえで、新たな一歩を踏み出す姿を見守りたいですね。

 

 

 

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