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ラランド・ニシダは帰国子女で父親はUBE(宇部興産)社長!実家は鎌倉の豪邸だった

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お笑いコンビ・ラランドのツッコミ担当であるニシダさん。

テレビでふざけたキャラを演じるニシダさんですが、実は海外生活を経験した帰国子女であり、父親は旧・宇部興産(現UBE株式会社)の現社長という超エリート家庭で育った方なんです。

とはいえ、その経歴は順風満帆とは言えません。

大学は2度の退学、実家は出禁、親との関係もギクシャク…。

 

この記事では、そんな華やかさと挫折を併せ持つラランド・ニシダさんの「本当の素顔」に迫ります。

海外生活、学歴、父親との関係、そして現在の活動まで、知られざる一面を丁寧に解説します。

 

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ラランド・ニシダのwikiプロフィール!

ニシダ

ラランド・ニシダさんは、お笑いコンビ「ラランド」のツッコミ担当で、知性とユーモアが魅力の芸人です。

まずは、ラランド・ニシダのプロフィールから見ていきましょう!

ラランド・ニシダのプロフィール
項目 内容
本名 西田亘輝(にしだ・こうき)
生年月日 1994年7月24日
出身地 山口県(育ちは神奈川県鎌倉市)
身長 170cm
血液型 非公表
最終学歴 上智大学外国語学部イスパニア語学科(中退)
芸人デビュー 2014年、上智大学在学中に「ラランド」を結成
特徴 帰国子女(ドイツ・スペインでの生活経験あり)

 

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華やかすぎる家庭環境|ラランド・ニシダは帰国子女でUBE社長の息子

 ニシダ

海外生活はドイツとスペイン|5歳〜10歳までの国際体験

ニシダさんは1994年7月24日生まれ。

出身地は山口県宇部市ですが、育ちは神奈川県鎌倉市です。

そして彼は、5歳から10歳までの5年間を海外で過ごした正真正銘の「帰国子女」です。

  • 2000年(5歳):ドイツ・デュッセルドルフに移住。デュッセルドルフ日本人学校に入学。
  • 2003年(8歳):スペイン・マドリードへ転居。マドリード日本人学校に転校。
  • 2005年(10歳):日本へ帰国。

ちなみに、デュッセルドルフではドイツ人にキックボードをライン川に投げられた経験があるそうで、「嫌な思い出しかない」と語っています。

一方でマドリードでは、なんと街中でデビッド・ベッカムと遭遇しサインをもらえたなど、夢のような体験もあったそうです。

 

父親はUBE(旧:宇部興産)の現社長|年収は1億超えの超エリート

西田祐樹

ニシダさんの父親は、UBE株式会社(旧社名:宇部興産)代表取締役社長・西田祐樹さんです。

2025年4月にCEOへ正式に就任しました。

UBEは、化学・セメント・機械などを取り扱う日本有数の総合化学メーカーで、売上高6,000億円超・社員数1万人以上の巨大企業です。

ニシダさんの父・西田祐樹氏のプロフィール
項目 内容
氏名 西田 祐樹(にしだ・ゆうき)
生年 1962年(2025年で63歳)
出身 広島県
学歴 広島大学大学院工学研究科卒
経歴 1987年 宇部興産入社 → 2025年4月 社長就任
推定年収 1億〜2億円(東レや三菱ケミカルなどと同規模)

UBE

UBEの社名は、2022年4月に「宇部興産」から現在の「UBE株式会社」へと変更されました。

グローバル市場でのブランド価値向上を目的とした、戦略的な社名変更です。

 

実家は鎌倉市の豪邸|本人は「お金持ち」に気づいていなかった

驚くことに、ニシダさんは子どもの頃、自分の家が裕福であることに気づいていなかったそうです。

実家のタンスを整理しているときに偶然「父の給与明細」を見つけて、「え? ウソでしょ…」と愕然としたとか。

場所は神奈川県鎌倉市玉縄にあり、ラランドのYouTube企画『ニシダ、実家に挨拶』では、その家の大きさにスタッフ一同が驚愕。

  • 「めっちゃでかい!」「立派な家だな〜」という感想が続出
  • 実際の映像では外観にモザイクがかかっていたが、門構えや玄関が豪邸クラス
  • 母親は家にいたものの、ニシダさんとは「挨拶なし」で帰宅

このように、「帰国子女」で「UBE社長の息子」というラベルにふさわしい、非常に恵まれた家庭環境だったことが分かりますね。

 

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波乱の学生生活と2度の退学|エリート人生からの転落

ニシダ

中学・高校は藤嶺学園藤沢|偏差値43の仏教系男子校

ニシダさんが通っていたのは、神奈川県藤沢市にある藤嶺学園藤沢中学・高等学校

ここは清浄光寺(遊行寺)を母体とした仏教系の私立男子校で、偏差値は中学43

バレー部に所属していたそうで、文武両道を目指していました。

 

中高一貫の進学校で、進学クラスに在籍していたニシダさんは「早慶上智」を目指して受験勉強をしていたとのこと。

ただし、部活を引退した高3の9月からようやく本格的に勉強を始めたため、現役時の大学受験は全落ちという結果に終わりました。

 

浪人時代の葛藤と再起|予備校通いで上智大学へ合格

一浪したニシダさんは予備校へ通い始めますが、最初のうちはゲーセンに通うなど生活が緩んでいた時期も。

ある日、「このままでは本当にやばい」と怖くなり、本気で勉強を始めました。

その結果、見事に上智大学外国語学部イスパニア語学科(偏差値62.5)に合格します。

 

上智大学は国際色豊かなカトリック系の名門大学で、帰国子女や語学エリートが多く集う環境。

そんな中でニシダさんは、お笑いサークル「Sophia Comedy Society(SCS)」に所属し、現在の相方・サーヤさんと出会いました。

 

2度の中退と学費8年分|ニートから芸人へ

しかし、大学生活は順調とはいきませんでした。

1回目は、必修科目であるスペイン語会話の単位を2年連続で落として3年次に強制退学

その後、再入学するも、卒業要件となる単位数の誤認から再び単位不足で2度目の強制退学

合計で8年間在籍し、父親に学費もすべて出してもらったものの、最終学歴は高卒という結果に。

この事実が、後に父親との関係悪化にもつながります。

  • 1回目の退学理由:語学単位の継続未取得
  • 2回目の退学理由:卒業要件の理解不足
  • 浪人+大学8年間=合計約9年間の学生生活

ちなみに、このころのニシダさんは「アルバイトはしない主義」で、インターンでも「やる気がない」としてクビにされたこともあるそうです。

 

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父親との関係は冷戦状態?|実家出禁になった理由とは

ニシダ

8年かけて中退|父親からの勘当と出禁宣言

前述の通り、大学に合計8年間通いながらも、結局は中退。

これに激怒したのが、父・西田祐樹さんでした。

莫大な学費(推定800万円超)をかけたにも関わらず、結果が高卒では「投資に見合わない」と感じたのかもしれません。

 

最終的に、「実家を出禁にされた」とニシダさん本人がテレビ番組で公言

現在は実家には一切入れず、かつての自室は犬の遊び部屋に変更されているとのことです。

 

親子の断絶を笑いに昇華|テレビでも話題に

2025年4月15日放送の『伊集院光&佐久間宣行の勝手にテレ東批評』(テレビ東京)では、このエピソードが話題になりました。

番組内でニシダさんは、「父親が社員1万人規模の会社の社長だから学費は全部親が出した」とコメント。

 

さらに、「実家を出禁にされて、あの部屋は今犬用だよ」と明るく話す様子に、スタジオも爆笑。

こうした家庭内のギャップを芸人としてネタに昇華しているところが、ニシダさんの魅力の1つです。

 

父への反抗か、独立か|実家とは距離を置いて自立

裕福な家庭で育ちながらも、あえて親の力に頼らず、芸人としてゼロからキャリアを築いている点も注目に値します。

相方サーヤさんが代表を務める「株式会社レモンジャム」の社員として活動を続けながら、テレビ・ラジオ・YouTubeなど、メディアの第一線で活躍中です。

 

一見すれば「親不孝」にも思える経歴ですが、これもまた彼のユニークな人間性と生き方

「社長の息子=真面目」というステレオタイプにとらわれず、自分の道を突き進む姿勢に、多くの若者が共感しているのではないでしょうか。

 

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異色のキャリアが笑いを生む|ラランド・ニシダの魅力と今後

ニシダ

ギャップ満載のキャラが共感と笑いを呼ぶ

ラランド・ニシダさんがここまで人気を集める理由のひとつは、その「設定が強すぎる」経歴にあります。

帰国子女で社長の息子、実家は鎌倉の豪邸。

でも大学は2回も退学、実家は出禁、今は犬部屋に。

このエリート×問題児という対比が、視聴者の好奇心をぐっと惹きつけているのです。

 

特にバラエティ番組では、その”金持ちなのにだらしない”ギャップキャラが非常に重宝されています。

視聴者の心をつかむ理由は、「こんな人いるんだ」と驚かされる一方で、自分にも通じるダメさにどこか共感できるからかもしれません。

 

多才さも武器に|小説・イラスト・知識量

実はニシダさん、絵も描けば読書も好きという多才ぶり。

SNSでは不思議な世界観のイラストや短文を披露するなど、芸人としてだけでなく、クリエイター的な一面も持ち合わせています。

 

年間100冊を読むという読書家でもあり、知識量や語彙力の豊富さはラジオやトーク番組でも光ります。

ギャンブルや恋愛ネタのような俗っぽい話題でも、どこかインテリ風に語れるのが、彼の独自性です。

 

今後の展望|「ギャップ芸人」から文化人枠へ?

2025年現在、テレビやYouTubeだけでなく、雑誌のコラムや小説の執筆など、活動の幅を広げつつあるニシダさん。

「社長の息子」「高学歴」「二度の退学」「芸人」「イラストレーター」…と肩書きをいくつも持つ彼は、今後文化人枠での活躍も期待されます。

 

お笑いという枠にとどまらず、自身のギャップや経験を活かした表現活動を続けていけば、同世代からの絶大な支持を得る存在になるかもしれません。

 

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まとめ|ラランド・ニシダは「ギャップ」が武器の帰国子女

ラランド・ニシダさんは、ドイツとスペインで育った帰国子女であり、父親はUBE(旧・宇部興産)の現社長という、驚くほど恵まれた家庭環境で育ちました。

にもかかわらず、大学を2度退学し、実家からは出禁になり、今では芸人としてそのギャップをネタに笑いを取っています。

以下に、今回のポイントを整理します。

  • 帰国子女:5歳〜10歳をドイツ・スペインで過ごす
  • 学歴:藤嶺学園→上智大学外国語学部(2度の退学で高卒)
  • 父親:UBE株式会社社長・西田祐樹氏(年収1億円以上)
  • 実家:神奈川県鎌倉市の豪邸、現在は出禁
  • 芸風:「金持ちなのにニート」「社長の息子なのにダメ人間」というギャップが武器

恵まれた環境と、それに反発するような人生選択。

この対比こそが、ニシダさんを唯一無二のキャラクターにしています。

今後も、彼の「ギャップ芸」から目が離せませんね。

 

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