吉本実憂

芸能

吉本実憂のwiki経歴・学歴|国民的美少女から実力派女優へ成長した軌跡

※本ページはプロモーションが含まれています

吉本実憂さんは「国民的美少女コンテスト」出身として知られていますが、実際にどんな学生時代を送り、どのように女優として成長してきたのか気になっている人も多いようです。福岡県北九州市で育った少女が、上京して芸能界へ飛び込み、数々のドラマや映画で活躍するまでには、地道な努力や大きな転機がありました。

この記事では、吉本実憂さんのプロフィールや経歴をはじめ、小学校・中学校・高校などの学歴、大学へ進学しなかった理由まで詳しく紹介しています。さらに、『軍師官兵衛』や『罪の余白』で評価を高めた背景や、現在の活動、素顔がわかるエピソードについてもまとめました。

 

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吉本実憂のwikiプロフィール|国民的美少女出身の実力派女優

 

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吉本実憂さんは、透明感のある雰囲気と自然な演技で人気を集めている女優です。最近ではドラマや映画で見かける機会も増え、「あの女優さんはどんな人なんだろう」と気になった人も多いかもしれません。

バラエティ番組などでは落ち着いた印象がありますが、実はかなりの人見知りだったそうです。学生時代は地元・福岡で太鼓に打ち込みながら、ごく普通の高校生活を送っていました。

そんな吉本実憂さんが芸能界へ入り、少しずつ経験を積み重ねながら女優として成長していく姿には、思わず応援したくなる魅力があります。

ここからは、吉本実憂さんのプロフィールや芸能界入りのきっかけ、これまでの活動について詳しく紹介していきます。

 

吉本実憂の基本プロフィール

吉本実憂さんは、1996年12月28日生まれの女優・歌手です。福岡県北九州市で育ち、自然豊かな曽根干潟の近くで幼少期を過ごしました。

子どもの頃は木登りや秘密基地づくりをして遊ぶ活発なタイプだったそうです。一方で、かなりの人見知りでもあり、初対面の人と話すのが苦手だったとインタビューで明かしています。

名前 吉本 実憂(よしもと みゆ)
生年月日 1996年12月28日
出身地 福岡県北九州市
身長 161cm
血液型 AB型
職業 女優・歌手
所属歴 オスカープロモーション → ショートカット → 現在フリー
代表作 『軍師官兵衛』『罪の余白』『とと姉ちゃん』など

また、特技として知られているのが「小倉祇園太鼓」です。小学3年生から始め、高校では祇園太鼓部に所属するほど熱中していました。

自分専用のバチを持っていたほど本格的に取り組んでいたそうです。芯の強さや集中力は、この頃に身についたのかもしれません。

 

人見知りだった少女が芸能界入りしたきっかけ

今では堂々と演技をこなす吉本実憂さんですが、もともとは極度の人見知りだったそうです。

転機になったのは、高校1年生のときでした。母親から「このままだとどんな仕事にも就けないよ」と言われ、「全日本国民的美少女コンテスト」への応募を勧められます。

本人は当初、芸能界に強い憧れを持っていたわけではありませんでした。ただ、ドラマを見るのは好きだったそうで、流れに身を任せるように応募したと語っています。

当時について、インタビューでは次のように話していました。

「私、人見知りがすごくて。お母さんが『これは人見知りし過ぎる』と思って。このコンテストのことを教えてくれたんです」

引用元:プラスアクト インタビュー

しかも、応募したあと本人はコンテスト自体を忘れていたそうです。書類選考通過の連絡が来た際も、「あ、そういえば応募してた」と思い出したレベルだったとか。

ところが、審査が進むにつれて状況は一変します。全国から集まった応募者の中で存在感を放ち、2012年の「第13回全日本国民的美少女コンテスト」でグランプリを獲得しました。

まさに人生がガラッと変わった瞬間だったのでしょう。

 

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吉本実憂の経歴|国民的美少女コンテストから女優へ

 

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吉本実憂さんの経歴を振り返ると、アイドル活動からスタートしながら、着実に“女優”へシフトしていった流れが見えてきます。

コンテスト優勝直後は「美少女タレント」という印象が強かったものの、映画やドラマで難しい役に挑戦する中で演技力が高く評価されるようになりました。

特に『罪の余白』や『軍師官兵衛』は、本人にとっても大きな転機になった作品だったようです。

 

高校1年生で「全日本国民的美少女コンテスト」グランプリを受賞

吉本実憂さんは2012年、高校1年生のときに「第13回全日本国民的美少女コンテスト」でグランプリを受賞しました。

このコンテストはオスカープロモーションが主催しており、これまでに米倉涼子さんや上戸彩さん、武井咲さんなど多くの人気女優を輩出しています。

当日は倖田來未さんの『WIND』を披露し、堂々としたパフォーマンスで注目を集めました。

ちなみに、この年は小澤奈々花さんとの“ダブルグランプリ”でした。さらに、井頭愛海さんや尾碕真花さんも同大会から芸能界入りしています。

グランプリ受賞後は、一気にメディア露出が増加しました。

  • 雑誌表紙への出演
  • CM出演
  • イベント参加
  • レッスン生活スタート

それまで福岡で普通の高校生活を送っていた少女が、わずか数か月で芸能界へ飛び込む展開になったわけです。

本人も当時は実感がなかったようで、インタビューでは「名前を呼ばれても理解できなかった」と振り返っていました。

 

X21のリーダーとして活動し一気に注目を集める

2013年1月、コンテストファイナリストで結成されたガールズユニット「X21」が始動します。

吉本実憂さんは、そのグループでリーダーを務めました。

ただ、ここが面白いところで、本人はもともとリーダータイプではなかったそうです。かなり人見知りだったため、大人数へ声をかけるだけでも緊張していたと語っています。

「一人一人と話すときは大丈夫なんですけど。全員に『みんな集まって』とか声をかけるときは、言うまでにちょっと時間がかかります(笑)」

引用元:+act.

それでも、リーダーとして少しずつ成長していきました。

同年には「第85回記念選抜高等学校野球大会」の初代センバツ応援イメージキャラクターにも抜擢され、一気に知名度が上がります。

さらに、ヤマザキナビスコ「オレオ」のCM出演や、「クラリーノ美脚大賞」受賞など話題が続きました。

アイドル活動だけで終わらず、着実に“次世代女優”として期待され始めた時期だったといえそうです。

 

『獣医さん、事件ですよ』で女優デビュー

吉本実憂さんが本格的に女優として活動を始めたのは、2014年放送のドラマ『獣医さん、事件ですよ』(日本テレビ系)でした。

この作品で演じたのは、陣内孝則さん演じる主人公の娘・柴健太郎役です。まだ10代だった吉本実憂さんにとって、連続ドラマへのレギュラー出演はかなり大きな挑戦だったようです。

当時は“国民的美少女コンテストのグランプリ”として知名度が先行していましたが、現場ではゼロから演技を学ぶ毎日だったといいます。

しかも、吉本実憂さんは芸能スクール出身ではありません。演技経験もほとんどない状態で撮影へ入っていたため、最初はかなり緊張していたそうです。

とはいえ、現場での吸収力は高かったようで、少しずつ存在感を出していきました。

作品名 獣医さん、事件ですよ
放送年 2014年
放送局 日本テレビ系
役名 柴健太郎
主演 陣内孝則

実のところ、この頃はまだ“美少女タレント”という見られ方も強く、「演技派」というイメージはそこまで浸透していませんでした。

しかし、吉本実憂さん本人はかなり真剣に芝居へ向き合っていたようです。

インタビューでは、演技について「現場で学んでいった」と話していました。

「事務所で少し演技のレッスンがあったものの、お芝居は現場で学んでいきました。」

引用元:わたしの決断物語

経験を積みながら少しずつ演技力を伸ばしていった姿は、今の活躍を見るとかなり印象的です。

 

『軍師官兵衛』『罪の余白』が女優人生の転機に

吉本実憂さんにとって、大きな転機になった作品としてよく名前が挙がるのが『軍師官兵衛』と『罪の余白』です。

特に『罪の余白』では、それまでの爽やかなイメージを大きく変える“悪女役”へ挑戦しました。

映画の中で演じたのは、クラスメイトを精神的に追い詰めていく女子高校生・木場咲役です。かなり難しい役柄でしたが、その演技が高く評価され、第39回日本アカデミー賞新人俳優賞も受賞しました。

この作品では、撮影前に約1か月半のリハーサルが行われたそうです。

普通のドラマや映画では珍しい進め方だったため、吉本実憂さん自身もかなり刺激を受けたと語っています。

「役ってこれくらい深堀して追求しないといけないんだな」

引用元:わたしの決断物語

さらに『軍師官兵衛』では、中谷美紀さんとの共演も大きな学びになったようです。

セリフをただ覚えて演じるのではなく、“相手から感情を受け取る大切さ”に気づいたと明かしています。

「お芝居ってキャッチボールなんだ」

引用元:わたしの決断物語

この2作品を経験したことで、吉本実憂さんは「役者として生きていこう」と覚悟を決めたそうです。

当時まだ10代後半でしたが、すでに“演技を続ける覚悟”が固まり始めていたのでしょう。

 

朝ドラ・映画・話題作出演で演技派女優として活躍

転機となる作品を経験したあと、吉本実憂さんは一気に出演作を増やしていきます。

2016年には、NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』へ出演しました。

朝ドラ出演は若手俳優にとって大きなチャンスと言われています。全国放送で幅広い世代に顔を覚えてもらえるためです。

さらに、その後も映画やドラマへ次々出演しています。

    • 『HiGH&LOW THE RED RAIN』
    • 『クズの本懐』
    • 『レディ in ホワイト』
    • 『消せない「私」―復讐の連鎖―』
    • 『室町無頼』

特に近年は、感情表現が難しい役やクセのある役柄へ挑戦する機会が増えてきました。

以前は“爽やかな美少女”というイメージが強かった一方、最近ではシリアス作品でも存在感を発揮しています。

また、演技への向き合い方もかなりストイックです。

役が決まると、自分なりに細かな人物設定を作るそうで、インタビューでは次のように語っていました。

「どこで生まれたのか。両親はどんな人か。姉妹はいるのか。彼氏はできたことがあるのか。」

引用元:わたしの決断物語

ここまで細かく役作りをする若手俳優は意外と多くありません。

作品ごとに雰囲気が変わる理由は、こうした丁寧な準備にあるのかもしれませんね。

 

オスカー退所後はフリーで活動|現在の出演作品や最新情報

吉本実憂さんは、長年所属していたオスカープロモーションを2021年に退所しました。

その後は「株式会社ショートカット」へ所属し、現在はフリーで活動しています。

大手事務所を離れる決断に驚いたファンも多かったようですが、本人は俳優としてさらに成長したい気持ちが強かったのでしょう。

実際、退所後も出演作品は途切れていません。

主な出演作
2024年 『消せない「私」―復讐の連鎖―』
2025年 『室町無頼』
2025年 『子宮恋愛』

最近はこれまで以上に難しい役へ挑戦する場面が増えています。

2026年には、役作りのため眉毛を全剃りしたことも話題になりました。

 

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見た目のイメージを守るより、作品を優先する姿勢からは、俳優としての覚悟が伝わってきます。

デビュー当時は“美少女グランプリ”として注目されていた吉本実憂さんですが、現在は演技力で評価される俳優へ変化してきました。

これから年齢を重ねる中で、さらにどんな役を演じていくのか楽しみですね。

 

 

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吉本実憂の学歴|小倉商業高校から日出高校へ転校していた

 

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吉本実憂さんは、福岡県内の公立校へ通いながら学生生活を送っていました。高校1年生で芸能界入りしたあと、活動の拠点を東京へ移し、途中で日出高校へ転校しています。

地方での学生生活から一転し、芸能活動と学業を両立する日々が始まりました。当時はX21の活動やレッスン、ドラマ出演も重なっていたため、かなり忙しい毎日だったようです。

ここでは、小学校時代から高校卒業までの学歴や当時のエピソードを整理して紹介します。

 

小学校時代|小倉祇園太鼓に打ち込んだ幼少期

吉本実憂さんの出身小学校は公表されていません。ただ、通っていた中学校の校区から見ると、以下の学校が有力とされています。

  • 北九州市立曽根小学校
  • 北九州市立田原小学校
  • 北九州市立貫小学校

幼少期は北九州市の曽根干潟近くで育ちました。周囲には自然が多く、木登りや秘密基地づくりをして遊んでいたそうです。

「わたしの家のまわりも住宅地でそこそこ都会なんですけど、自然もいっぱいあって、小さい頃は木登りしたり、秘密基地をつくったりして遊んでいました。」

引用元:文春オンライン

また、小学3年生からは「小倉祇園太鼓」を始めています。きっかけは姉の影響でした。

毎週土曜日になると学校へ先生が来て指導をしてくれたそうで、地域の神社や発表会でも演奏していました。

小倉祇園太鼓は、北九州市を代表する伝統行事です。太鼓の音を合わせるためには集中力が必要になります。幼い頃から真剣に打ち込んでいた経験が、現在の表現力にもつながっているのかもしれません。

さらに、小学2年生のときには祖父の介護を手伝っていた時期もありました。洗面器でお湯を運ぶなど看病をしていたそうで、その頃は看護師に興味を持っていたと語っています。

 

中学校時代|北九州市立曽根中学校で目立つ存在だった

北九州市立曽根中学校

中学校は、福岡県北九州市立曽根中学校を卒業しています。

学校名 北九州市立曽根中学校
所在地 福岡県北九州市
種別 公立中学校

中学時代の詳しいエピソードは多くありません。ただ、当時からかなり目立つ存在だったようです。

整った顔立ちに加えて、学校では活発なタイプだったため、「かわいい子がいる」と周囲でも話題になっていたとも言われています。

一方で、人見知りな性格は続いていました。親戚が集まる場でも、自分から積極的に話しかけるタイプではなかったそうです。

とはいえ、内向的というより“慣れるまで時間がかかるタイプ”だったのでしょう。仲良くなるとよく話す性格だったと本人も明かしています。

この頃は芸能界への強い憧れを持っていたわけではなく、ごく普通の中学生として生活していました。

 

高校時代|小倉商業高校で祇園太鼓部に所属

福岡県立小倉商業高等学校

高校は、福岡県立小倉商業高校へ進学しています。

高校名 福岡県立小倉商業高校
偏差値 51前後
学科 ビジネス情報科・会計ビジネス科など
備考 途中で日出高校へ転校

高校では「祇園太鼓部」に所属していました。小学生から続けてきた太鼓を、高校でも本格的に続けていたわけです。

インタビューでは、小倉祇園太鼓についてかなり詳しく語っています。

「祇園太鼓って、ふたつの面で音が違うし、叩き方も違うんですよ。ドロとカンといって、ドロは音が低くてずっと同じリズムで叩きます。カンのほうは、ちょっとアレンジのきいたふりになっていて、カッコイイ。」

引用元:TV LIFE Web

ちなみに吉本実憂さんは「カン」のパートが好きだったそうです。

さらに、“ジャンガラ”と呼ばれる小さなシンバルのような楽器も練習していたとのこと。地域文化にしっかり根差した学生生活を送っていた様子が伝わってきます。

そんな高校1年生の夏、大きな転機が訪れました。

2012年、「第13回全日本国民的美少女コンテスト」でグランプリを獲得したのです。

地元で太鼓に打ち込んでいた少女が、突然全国区の注目を集める存在になった瞬間でした。

 

上京後は日出高校へ転校|豪華すぎる同級生とは

日出高校

芸能活動が本格化したあと、吉本実憂さんは東京へ上京します。

その後、芸能コースで有名な日出高校へ転校しました。現在の「目黒日本大学高校」です。

高校名 日出高校(現・目黒日本大学高校)
コース 芸能コース
偏差値 42前後

日出高校は、多くの芸能人が通う学校として知られています。

吉本実憂さんの同級生もかなり豪華でした。

  • 横浜流星さん
  • 高杉真宙さん
  • 目黒蓮さん
  • 吉野北人さん
  • 佐々木彩夏さん
  • 松井愛莉さん
  • 古畑星夏さん

いま振り返ると、とんでもないメンバーが同じ学年に集まっていたと感じます。

ただ、当時の吉本実憂さんは仕事と学業の両立でかなり忙しかったようです。

X21としての活動に加え、雑誌撮影やレッスン、ドラマ出演も始まっていました。それでも本人は「学校は落ち着く場所」と話しており、友人と会える時間を大切にしていたそうです。

 

大学に進学しなかった理由|芸能活動への強い覚悟

高校卒業後、吉本実憂さんは大学へ進学していません

実は高校時代、専門学校への進学を考えていた時期もありました。

「専門学校に行きたいです。ひとつのことを追求するのがこのお仕事をさせていただいて段々好きになってきたので、もうちょっと何かひとつの事で色々な知識をつけたいなと思います。」

引用元:進学ナビ

特に歴史や音楽へ興味を持っていたそうです。

しかし最終的には、大学や専門学校ではなく芸能活動に専念する道を選びました。

当時すでにドラマ出演が増えており、女優としての仕事に強いやりがいを感じていたのでしょう。

実際、その後は『とと姉ちゃん』『クズの本懐』『HiGH&LOW THE RED RAIN』など話題作への出演が続きます。

学歴よりも現場経験を優先した決断だったと言えそうです。

 

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吉本実憂の人物像|経歴や学歴から見える素顔とは

 

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吉本実憂さんの魅力は、華やかな芸能活動だけではありません。

インタビューを読むと、かなり真面目でストイックな性格が見えてきます。作品への向き合い方も独特で、感情を丁寧に積み上げながら役作りをしているそうです。

さらに、地元・北九州への愛情も深く、今でも故郷について語る場面が少なくありません。

 

「感情に嘘をつかない」演技論が支持される理由

吉本実憂さんは、役作りにかなり時間をかけるタイプの俳優です。

転機になった作品として本人がよく挙げているのが、映画『罪の余白』でした。

この作品では、人を追い詰める難しい役柄を演じています。撮影前には約1か月半のリハーサルが行われ、感情を深く掘り下げる作業を経験したそうです。

その経験を通じて、「感情に嘘をつかない」という考え方が生まれました。

「どんな役を演じるときも『感情に嘘をつかない』ことをモットーにしている」

引用元:わたしの決断物語

現在は、役が決まると人物の年表を細かく作るそうです。

  • どこで生まれたのか
  • 家族構成はどうか
  • どんな恋愛をしてきたのか
  • どんな声で話すのか

ここまで掘り下げて役へ入る若手俳優は、実はそれほど多くありません。

近年は映画『室町無頼』やドラマ『子宮恋愛』などでも存在感を見せており、“演技派”と呼ばれる理由がよく分かります。

 

地元・北九州愛が強いことで知られている

吉本実憂さんは、東京で活動するようになってからも、地元・北九州の話を本当によくしています。

芸能人になると、都会っぽい雰囲気に変わっていく人も少なくありません。でも吉本実憂さんは、どこか“北九州で育った女の子らしさ”がずっと残っているんです。

インタビューでは、子どもの頃によく遊んでいた「曽根干潟」の話をしていました。カブトガニやトビハゼがいる自然豊かな場所で、夢中になって遊んでいたそうです。木登りをしたり、秘密基地を作ったりしていたエピソードからも、のびのび育った様子が伝わってきます。

さらに、小学生から続けていた「小倉祇園太鼓」への思い入れもかなり強いようです。太鼓のリズムや叩き方の違いについて話している姿を見ると、“好きだから続けていた”という気持ちが自然に伝わってきます。

北九州の人にはおなじみだった「スペースワールド」の話題を出すこともあり、地元で過ごした学生時代が本当に楽しかったのでしょう。

2018年には「KitaQ首都圏PRアンバサダー2018」に選ばれ、北九州の魅力を発信する活動にも参加しました。

上京してから長い時間が経っていますが、地元の話をするときの吉本実憂さんは、どこかホッとした表情に見えます。飾りすぎない雰囲気や親しみやすさは、そんな北九州で育った経験があるからなのかもしれません。

 

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まとめ|吉本実憂は学歴より“経験”でキャリアを切り開いた女優だった

吉本実憂さんは、福岡県北九州市で育ち、小倉祇園太鼓に打ち込んだ学生時代を過ごしていました。

高校1年生で「全日本国民的美少女コンテスト」グランプリを受賞し、人生が大きく変わります。

その後はX21での活動を経て、本格的に女優の道へ進みました。

大学進学は選ばなかったものの、現場経験を積み重ねながら演技力を磨き続けています。最近では難しい役柄にも挑戦し、実力派女優として評価される機会が増えてきました。

派手な経歴だけではなく、地道に努力を積み上げてきたタイプだからこそ、多くの作品で存在感を放っているのでしょう。

今後さらに年齢を重ねたとき、どんな俳優へ成長していくのか楽しみですね。

 

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